ミシディアの伝説

 

ミシディアの長老の館。

ここの書庫は、古来よりミシディアの先人達が築いてきた知識が蓄えられている。

書庫に立ち入れるのは、長老をはじめとする一部の高位の魔道士達のみ。

その代わり、ここで得られる知識は膨大な量になる。

かつての賢者達も、ここに立ち入り先人達の秘術や教えを学び取った。

白・黒魔法の最上位魔法、世界に散らばる各種の魔法の知識、

詳細な国の歴史、そして今では知るものも少ない伝説。

国内のどんな図書館の蔵書も、ここの蔵書には及ばないだろう。

それほど高度で貴重な知識が詰め込まれた本ばかりが、本棚に所狭しと並んでいる。

ミシディアの長老は、ここで久しぶりに読書でもしようとやってきていた。

「ここの本も、もう少し経ったら虫干しせんといかんのぉ……。」

かび臭さとほこりにまみれた本に苦笑しながら、

読み物として丁度よさそうな本を探す。

魔法の本よりは伝承や歴史系の本の本がいいだろうと思って探していると、

一冊の見慣れない本が、一番奥の本棚から出てきた。

表紙は皮製だが、あまり手入れされていなかったせいでぼろぼろだ。

見慣れない本に興味がわき、ほこりを払ってから椅子に腰掛けて本の紐を解く。

それは、その風体の割には新しい文字で書かれた本だった。

ミシディアが国として安定しており、賢者ミンウが魔法を封印するまでの間だろう。

「伝説の小箱」

それがこの本の題名だった。

忘れ去られていた記憶が、今長老の知識の中に蘇ろうとしている。

 

―前書き―

今からおよそ10年前の事でしょうか。

私は、大陸中の民間伝承を集めるために旅をしておりました。

この本を手に取られたほとんどの皆様はご存知でしょうが、

私は古い文献を元に、この大陸の歴史を一冊の書物として編纂した者です。

ですが、一方で書物として伝わる歴史ばかりが、全てではないと私は思っています。

本を編纂するために歴史を調べていくうちに、

広く知れ渡る伝説や、一部にしか伝わらないような民間伝承には、

必ずひとかけらの事実が隠されている事が気がついたからです。

そこで私は、そのひとかけらの事実を探すべく、

集めた伝説や伝承の考察を行いました。

馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、

一時の気紛らわしと思って読んでいただければ幸いです。

 

「どうやら、正式な歴史書ではないようじゃの……。」

まあこんな物もたまにはいいかと、長老は目次を見て適当なページを開いた。

 

 

民間伝承の章 第13節 「災厄を予言する本」

 

これは、辺境で聞いた話です。

なんでもかの地には不思議な本があると聞き、私はやってきました。

そこにある小さな村に、確かにその本はあったのです。

これだけでは伝承ということに差支えがありますが、

その本の存在が伝承というわけではありません。

村人によればこの本は災厄のみを予言する予言書で、

これに字が浮かび上がると、必ず数百年以内に何かしらの災厄が起きるという事でした。

その本の中には、こう書かれていました。

「竜の大陸でもっとも貴き山に、死の道が現れた。

地を割き現れた死の化身はその息吹で山を腐らせた。

そして自らの眷属を増やし、やがてその山を死者の巣窟とした。

生者は山より消えうせ、不毛な岩肌のみが山に残される。」

これはかなり理解しやすい部類に入るもので、文面はすでに過去形となっておりました。

皆様もご存知ではないのでしょうか。

あの神聖な試練の山に、アンデッドがはびこるようになった原因のことです。

死の道とは、ある邪悪な魔道士が不死生物を召喚したときに出来た通り道の事でしょう。

今では薄れましたが、その折に生じた瘴気はすさまじかったと聞き及んでいます。

 

 

その後数ページは、長老が知っている事柄に関する予言だった。

筆者の感覚の鋭さと解釈の正確さに感心しながら、軽く目で追う程度に読む。

読みながら、嫌な予言書だと長老でも思ってしまう。

当時のミシディアの歴史はそれほど長くもないが、それでもかなりの災厄があった。

数ページめくった後に出てきた今度のページは、長老も知らない事柄のようだ。

興味を持った長老は、今度はじっくり読む事にした。

 

そして、私が村長と共にこれを閲覧していた時です。

また白いページに新しい文字が浮かび上がってきたのです。

息を呑んで、私と村長はそれを見守りました。

新しい予言は、こうかかれていました。

「虚空を覆う赤い悪魔を駆る死の使いらが、罪無き者らの魂を刈り取り尽くす。

脆き平穏は無へと帰し、後に残るは虚無の道。

栄華の源は、外海の死神の下に死の使いらが運び去り、

多くの民も死神の手中に収まるだろう。」

私も村長も大変驚きましたが、

予言の意味を知るべく言葉を一つ一つ置き換える作業を行いました。

すでにこの時点でこの作業に慣れていた私は、

やはり長年予言書に触れていた村長の助けもあって、

思ったよりも早くその意味をつかむ事となりました。

「虚空を覆う赤い悪魔」とは、恐らく竜などの飛行生物と思われます。

この文では特徴がよくわからないので、巨大な魔物という事にしておきます。

次に「死の使い」ですが、こちらは多分異民族の戦士でしょう。

生き物の背に乗って戦う戦士が、海の向こうには存在すると聞きます。

侵入してきた野蛮な異民族は、文字通り死の使いかもしれません。

その続きは、文字の意味の通り民が殺されるという事に違いないでしょう。

次の文においても同様で、こちらは町が混乱し、建物などが破壊される事と思われます。

「栄華の源」は水のクリスタル、「外海の死神」は異民族の王。

そこから最後の文は、わが国の多くの民が異民族の捕虜になるという解釈が成り立ちます。

 

全体の意味を整理しましょう。私と村長で行った予言の検証結果が次の文章です。

「虚空を覆うほど巨大な赤い魔物の背に乗った異民族の戦士が、大勢の民の命を奪う。

町は混乱し、建物は破壊され何も残らない。

水のクリスタルは異民族の王の下に持ち去られ、多くの民が異民族の捕虜となる。」

そんな馬鹿なと思うでしょう。

人の世界で最も魔法に優れ、水のクリスタルを戴くわが国が野蛮な異民族ごときにと。

例えそのような蛮族がこの地に攻め入ったとしても、

魔法で撃退できるだろうというのが皆さんのお考えと存じます。

ですが、考えても見て欲しいのです。

たとえば、群れをなした魔物の前に幾度も脅かされた事を覚えていますか?

夜中に大津波が襲ってきたときのことでもかまいません。

そのような時、魔法がいつも完璧に防いでくれたでしょうか?

いくら人の中で最も魔法に優れているからといって、

それでは他の種族全てに魔法で勝っているといえるでしょうか?

はっきり言いますと、それは否です。われわれにとって魔法は万能なものではありません。

そしておごる心は、すなわち油断へつながります。

栄えているときこそ気を引き締め、

万事に備えるのが指導者は勿論、民衆も心得るべき事だと思います。

この予言書が災厄の予言しかもたらさない理由も、そこにある気がすると私は思います。

 

 

たった一節短い文を読み終えただけで、長老の顔は真っ青になった。

後半など、ほとんど頭に入ってこなかった。

この解釈の大筋は正しい。だが、残念な事に完璧に事実を表しているとはいえない。

かなりの時間が経っているのだ。

時代は変わり、当時は無かったものが世界にはある。

「虚空を覆う赤い悪魔」の正体が何かを、直感的に長老は悟った。

そしてそれが、予言どおりに自国を襲うかもしれないとも。

無論、当たってほしくは無かったが。

 

それからわずか10日後のことだ。

空駆けるバロンの「赤い悪魔」が、予言書の予言どおりミシディアを恐怖に陥れた。

その頃、今はすでに廃村と化したあの予言書の村で、

再び予言書は人知れず自らに文字を綴っている。

それは、近い未来の予言。

「飽くなき欲望に取り付かれし王国。

悪しき異界の民の傀儡(かいらい)の物となり、

やがてこの世の源を全て手中に収める。

地界は見えぬ魔王の手の上でただ踊らされ、

山をも越える身の丈を持った巨人が全てをなぎ払うだろう。

美しき大地は黒くこげ、空は灰色の煙でかげり、海は荒れ狂い血で染まる。」

もっとも恐ろしい予言に、このとき長老は気がついていなかったが、

実は予言書の最初のページのすみにはこう書いてあった。

「未来を変えたいと願うならば、誰か一人違う事をすればよい。」

誰とも知れぬ予言書の製作者の残した言葉どおり、

この予言は珍しく外れる事となった。

 

―END―  ―戻る―

 

 

お題3つ目?完遂。竜の口より生まれし者(以下略)伝説だと思った方、ごめんなさい。

それだとどこでもありそうなのであえて裏切りました。妙なセオリーはずしは管理人の習性です(撲殺

どうも長老は、このサイトだといじめられる運命にあるようです。

現に、また伝説にいじめられております。しかも……今度は本に。

つくづく報われないので、今度書く機械が有ったらせめて普通のテンションの長老を書いてあげたいです。